お知らせ

「ルーツ&アーツしらおい」5年間の歩みを振り返る 座談会

               

2025年で5回目の開催となった「ルーツ&アーツしらおい」。
この5年間のあゆみを、関係者で振り返る座談会を開催しました。(2025年12月)
インタビュアーには、毎年「ルーツ&アーツしらおい」を取材いただいている來嶋路子さんをお迎えしています。

話者(関係者)       :佐藤雄大山岸奈津子中谷公祐
インタビュー・まとめ記事  :來嶋路子

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
実行委員会の役割とは?

――ルーツ&アーツしらおい(以下、ルーツ&アーツ)は、2025年度で5回目の開催となりました。5年という節目を迎え、このアートプロジェクトと企画運営を担った白老文化観光実行委員会(以下、実行委員会)について、あらためて検証します。座談会のメンバーは、この事業にさまざまな立場で関わってきた30〜40代のみなさんです。まずはそれぞれのプロフィールからお聞かせください。

中谷 第1回はイベントのPRで関わらせてもらい、ウェブサイトや映像制作を行いました。だんだんと関わりが深くなっていき、昨年度は映像作品のディレクションを行い、今年度は全体の方向性を考える立場となり、作品も制作しました。

――中谷さんは2025年に東京から白老へ移住されましたね。

中谷 はい、2月にUターンしました。ルーツ&アーツがあったことが移住の大きな理由です。現在も東京の映像制作会社に所属しつつリモートワークをしています。

山岸 私は、立ち上げから広報を2年間担当し、2024年、25年は展示企画に携わりました。ルーツ&アーツに関わったことから2023年に地域おこし協力隊となり移住しました。

佐藤 2022年にルーツ&アーツのメンバーとともに瀬戸内国際芸術祭が開催されている直島とBEPPU PROJECTが開かれている別府を視察したことがきっかけで、実行委員会に参加しました。プロジェクトの運営管理とともに、白老町の議員でもあるので役場とのつなぎ役や許可申請を行いました。また、白老東高校の地域コーディネーターとして、高校生が参加する取り組みも進めてきました。

――ルーツ&アーツについて振り返ってみたいと思います。2021年にスタートし、第1回はコロナ禍ということもあり、アーティスト・イン・レジデンスやイラストレーターによるプロジェクトなど密にならない工夫をしながらの開催でした。第2回以降は規模が拡大し、国内外から多くのアーティストを招聘し、白老の歴史や土地に触れる中で作品が生み出されました。2024年からは地元作家の参加を増やし、2025年はその割合がさらに大きくなりました。5年間を経て、実行委員会の役割はどのように変化し、またどこに課題があったと感じていますか?

佐藤 ルーツ&アーツは文化庁の助成を受け行ってきた事業です。2025年度の大阪・関西万博に向けてこの国の芸術文化を海外に発信する「日本博」という枠組みであり、白老にインバウンドを呼び込むための工夫として、伝統的な手仕事を継承する地元作家の割合を徐々に増やしていく流れがありました。

僕は立ち上げに関わっていないので正確なところはわかりませんが、白老には文化なのか観光なのか線引きが難しい活動があって、実行委員会が中間組織としてのハブになるのが役目だったのではないかなと考えています。

山岸 実行委員会の熊谷会長が地元アーティストにフォーカスする方向へと舵を切ったことも変化していった理由です。招聘したアーティストと地元との連携がうまくいかなかったプロジェクトもあり、町民自身が参加することでこのプロジェクトへの関心を高めようとしたのだと思います。

中谷 このプロジェクトは「地元の人と外から来た人と役場とウポポイ(民族共生象徴空間)とが一つになる初めてのプロジェクトにしたい」という思いがあって立ち上がりました。それが実現できたら本当にすごいことになると思いましたが、実際には簡単ではありませんでした。企画を提案しても進まないことも多くて、離れていく人もいました。そんな中で、いまも関わり続けている人は、まちを愛するという思いが共通しているんじゃないかと考えています。

――アーティストの関わり方について、地域との距離感や伝わり方という点で、うまくいった例・難しかった例はありましたか?

佐藤 発表された作品を見て、それが何を表すのか理解するのが難しかったものもあったと思います。また、何度も地域を訪ねてくれたアーティストがいる一方で、旅費の問題もあって滞在が短かったアーティストもいました。地域にコミットした好例は、白老に移住した石川大峰さん(デザイナー・アーティスト)が3年間開催してきた「TAKEURA ART PROMENADE (通称TAP) /満月夜市」です。旧竹浦小学校校庭に光を灯し、町内外の出店者が集い、石川さんが中心となって地元のみなさんでお祭りを盛り上げていました。

中谷 「TAP」は間違いなく成功例だと思います。地域にある文化を磨き上げて、この土地に残り続けるものをつくりました。ただ、文化庁の助成金を受けている視点からすると、インバウンドを多く呼び込むという目的も達成課題としてありました。これまでは、関わる人それぞれの目的意識の違いを活かして、プロジェクトが行われてきました。ただ、立場の異なる人たちがイベントを続けていくためには、目的意識をもう一度見直して、しっかりと共有する必要があるんじゃないかと思いました。

山岸 いままでは、実行委員会イコール、ルーツ&アーツを行う団体となっていましたが、そもそもこの実行委員会の役目とは何かという部分が詰めきれないまま、準備に追われるということを毎年繰り返してきました。本来であれば、実行委員会にほかの事業もあり、その活動全体がこのまちの形に沿っていれば、もっとよかったのかもしれません。

 

▲ TAKEURA ART PROMENADE (通称TAP) /満月夜市

 

ルーツ&アーツによって生まれたつながり

――実行委員会の議論を踏まえて、みなさんは白老でどのような立場や役割を担っていきたいと考えていますか?

佐藤 僕は学校に関わっているので、その活動をサポートするような人材を送り込む組織をつくりたいと思っています。行政では担えないけれど、民間だけでは運営が難しい公的な活動があって、そこを担うような中間組織をつくって、町民が主体的にまちづくりを行えるような環境を整備していきたいです。山岸さんの一般社団法人も、同じように中間組織的な役割を担っていますよね。

山岸 一般社団法人SHIRAOI PROJECTS(通称SHIPS)は、海岸・港の可能性を広げる活動を中心に、海の家というイベントやアーティスト・イン・レジデンス、フリーペーパーの発行をしてきました。佐藤さんが言うように行政だけではできないことが多いので、中間的な支援なりトライアルができる組織です。ルーツ&アーツに関わったからこそ、この組織は生まれ、アートが持っている可能性をどう地域で発出させていくかを考えています。白老は、以前から飛生芸術祭があり、ルーツ&アーツも行われていて、ほかの地域に比べたらアートとまちの距離は近いと思います。アーティストという、ある意味よくわからないことをする人たちが来たときに、それを受け入れる土壌がある。また、白老の文化団体連絡協議会の事務局長も務めていて、まちの文化をどう残していくのかを日々考える立場にもなっています。

中谷 白老に戻ってきて、文化団体をはじめ、たくさんの組織があることに気づきました。人口が多かったからだと思いますが、若い世代が減っている現状ではすべての組織を維持するのは難しい。ここまで大きな人口減少と高齢化に初めて直面するわけですから、30〜40代の僕らは、この逆風の中で試されている。それぞれの組織をつなぐために団体や組織の壁を越え、協調し、横に広がっていかなくてはならないと思います。

山岸 みんなでスキルを持ち寄って、プロジェクトを進める分散型自律組織のようなものを実験的にやってみたらいいですよね。

中谷 例えば、ルーツ&アーツが行われていたことが移住につながったという、「手打ち蕎麦と珈琲てんぞう」を営む富田さんや「またたび文庫」という書店を開く羽地さん、「cafe結」の田村さんなど、このまちで新しいことをやっていきたいと思う若い世代は増えています。

僕がUターンを決断できた理由は、このまちで生き続けたいと思っている同世代がいることが大きかったですね。東京では出会えないような面白い人たちがいて、しかも、何かを実現しようとしたときに、同じ思いを持って進んでくれる人たちがたくさんいる。ここにいたら自分が成長できるという実感が持てました。

▲ 渡部睦子「星見るひとたちと出会う旅」in 白老(2025)の映像展示が「またたび文庫」で開催された。

 

 

▲ 「手打ち蕎麦と珈琲てんぞう」では、1985〜1998年に撮影された白老の映像を中谷公祐が再編集した『Time Travel Shiraoi』が上映された。

 

未来へ向かって

――白老というまちの未来像について、どんな考えを持っていますか?

佐藤 僕は、まちの人が誇りをもてる10年後20年後をつくらなければと強く思います。白老はこういうところだというアイデンティティを語れて「だから僕は白老が好きです」と言える人が増えればいいと思っています。白老には社台から虎杖浜まであって、その地区ごとのアイデンティティはあると思いますが、それが全体に広がっていないように感じています。

中谷 佐藤さんと僕は一つ違いの学年です。中学生のときには100人ほど同級生がいましたが、いまこのまちには1割くらいしか残っていないように感じます。

佐藤 だからこそ、まちから出た同級生たちに「やっぱり地元っていいまちだよな」という誇りを感じてほしいんです。

――白老の未来像を描くうえで、アートはどのような役割を果たせると思いますか?

山岸 アートがあることで、地域の理解が進んだり、アーティストの興味関心によって見えていなかった部分が浮かび上がったり。それが地域を知ることにつながる点に面白さを感じます。アーティストは積極的に地域と関係をつくっていこうとして、この土地を好きになってくれて、別の場所でも白老のことを発表してくれる。関係人口をつくることとアーティストという存在には強い親和性を感じます。

中谷 アートの良い点は、鑑賞者が自由に考えて受け止めてくれる、つまり受け手が主人公になれるところです。アートは見る人次第だから正解がない。もう一つ良いところは、プロセスがあるところです。完成品をいきなり持ってきて終わりじゃなくて、完成するまでにいろんな関わりがあってつくられるものだという点です。

――実行委員会に関わってきた経験を活かして、次にどんな形の展開をしていきたいですか?

佐藤 ルーツ&アーツの事業として今年度、七夕まつり(星願叶 seigankyo ~白老&仙台七夕 Fes~)が復活しました。次年度も続けられるように働きかけているところです。地域の子どもたちに図工の時間を利用して七夕飾りをつくってほしいと思っています。約30年前に商店街で行われていた規模まで大きくできるように地域と一緒につくっていきたいですね。

山岸 これまでルーツ&アーツで行ってきたことの何を残していくのか、あるいはまっさらなところでやっていくのかも含めて考えていく必要があると思います。私自身は、SHIPSで海や港の魅力を引き出す活動を続けていくので、実行委員会にどういうふうに関われば役に立てるのかを見極めたいと思います。

中谷 ルーツ&アーツは文化庁の助成金があったことが始めるきっかけだったので、そこから切り離して実行委員会が何をするのかをゼロから考えるのがいいんじゃないかと思います。文化と観光を白老でつなぐ存在は他にないと思います。地元の人にとってはプロデューサー的に、また外の人にとってはコーディネーター的な立場になれたらと。たとえば、マラソン大会は町民が主体のイベントですが、観光資源としても活かしたいと思ったときに、それを実行委員会が担うこともできるはずです。外の人が白老で何かイベントをやってみたいときにも力になれる。ルーツ&アーツを5年間行ってきたことで、それだけの人材が実行委員会には揃っていると思いますから。

まずは自分たちの手弁当でできることは何かを考えたいですね。そうやってアイデアが生まれていった先で、2年後3年後に大きなイベントをつくっていきたいと思います。

▲ 星願叶 seigankyo ~白老&仙台七夕 Fes~(2025)

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

佐藤雄大(写真左)
1992年、白老町生まれ。福祉の仕事に携わったのち2019年に白老町議員となる。2021年より白老東高校CLASSプロジェクト地域コーディネーターとして勤務。2022年より白老文化芸術共創地域コーディネーターとして文化芸術イベントの企画・運営に携わる。

中谷公祐(写真中央)
1992年、白老町生まれ。CM制作会社を経て、2017年よりDRAWING AND MANUALに参加。2025年より拠点を地元白老町に移し、リモートワーカーとしてクリエイティブディレクター/プランナーとして活動。オーケストラでの指揮活動も行っている。

山岸奈津子(写真右)
1980年、札幌市生まれ。星野リゾート・トマムで企画・広報を手掛け独立。フリーランスの広報として札幌国際芸術祭などさまざまなプロジェクトに関わる。2022年、白老町地域おこし協力隊として白老に移住。2023年、一般社団法人SHIRAOI PROJECTS(通称 SHIPS)を立ち上げる。